●所在地 広島県尾道市御調町大町
●高さ H:233m(比高150m)
●築城期 不明
●築城者 森光氏
●城主 森光氏
●遺構 北郭群・南郭群、畝状竪堀群・郭・堀切等
◆解説(参考文献「平成25年度ひろしまの遺跡を語る 城館研究最前線 資料集」より事例報告Ⅱ 「牛の皮城跡の発掘調査」(公財)広島県教育事業団埋蔵文化財調査室主任調査研究員 山田繁樹、「日本城郭体系第13巻」等)
牛の皮城は、前稿雲雀城(広島県尾道市御調町市)でも紹介したように、御調方面に進出した三吉氏の家臣の一人、森光(守光)氏の居城とされている。所在地は雲雀城の麓を流れる御調川を北東方向へ約2.5キロほど下った同町大町というところにある。
築城期などは不明だが、おそらく雲雀城と同じく、三吉氏の家臣森光氏が当地に入った15世紀末頃と推察される。
御調の概略 今回のバス例会は御調町と三原市八幡地区を取り上げました。この地域は、現在では三原市と御調町に行政区域が分かれていますが、元は一つの行政単位「御調郡」域です。 御調郡は古代備後国十四郡の一つで初見は、平城京出土木簡に「備後國御調郡諌山里」とあるのが始めです。 御調郡は「水調・三豆木・三調」と記した文書も散見でき現御調町は郡域の北部に位置し芦田川の支流御調川が町の中心部を東流し、御調川に沿うように古代山陽道が通り又、南北には国道一八四号線が通っており、町の中心部「市」周辺は古代からの交通の要地であり、中世には御調町北隣の甲山地域に立庄されていた大田庄と大田庄倉敷地尾道との間に位置し中間の重要地でもあった…